「女体」(芥川龍之介)

芥川は何を見るべきだといっているのか?

「女体」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集2」)ちくま文庫

「女体」(芥川龍之介)
(「女体についての八篇 晩菊」)
 中公文庫

楊は、ある夏の夜に
目覚めたとき、寝床の上を隣に
寝ている妻めがけて這っていく
虱を見つける。
彼の意識は朧気になり、
気付くと彼は虱になっていた。
彼の行く手に聳える高い山、
それは妻の乳房だった。
彼は虱になって始めて…。

2020年、東京オリンピックの年です。
そのせいか、家電業界は
4Kテレビ、8Kテレビなる
高詳細テレビを躍起になって
売り出そうとしています。
私などは現在の
ハイビジョンになった段階で
十分に衝撃を受け、十分に満足し、
これ以上精細なテレビにして
何を見せるのかと、
いささかあきれかえっている次第です。

現行のハイビジョンに
移行するときでさえ、
「毛穴が見えると見苦しいから」と、
俳優やアナウンサーは
メイクに工夫を凝らさなければ
ならなかったはずです。
4Kでは、時代劇俳優のカツラの
境目さえもまったくわからないような
特殊メイクが施されるそうです。
いやはや。

拡大して、高詳細で観れば観るほど、
人間の肌の粗さが
明らかになるというのが
現代の常識です。ところが、
大正時代はそうではありませんでした。

いささか前置きが長くなりました。
この楊は、虱の視点から妻の乳房を観て、
つまり高詳細で拡大してみて、
何を発見したのか?
「楊は、虱になって始めて、
 細君の肉体の美しさを、
 如実に観ずる事が出来たのである。」

自分が小さくなることによって
妻を拡大して見ることができ、
それによって妻の美しさを
はっきりと認めることが
できたというのです。

4Kはおろか、
テレビでさえ存在しない大正期、
拡大すれば美しさが
さらに引き立つと思われていたのです。
そして芥川でさえも
そう考えていたのです。

ここで終わっていれば、単なる悪趣味に
終わっていたかも知れませんが、
さすがは芥川、
最後に意味深長な一文を加えています。
「しかし、芸術の士にとって、
 虱の如く見る可きものは、
 独り女体の美しさばかりではない。」

芥川は何を見るべきだと
言っているのか?
一般論として「もっとまともなものを
見ろよ」と教え諭しているのか、
それとも「芸術家なら虱の視点で
全てを見よ」と芸術論を
戦わせようとしているのか、
あるいは別の何かか?

文庫本にして
わずか3頁弱の掌篇ですが、
芥川の真意は一体どこにあるのか
考えさせられる一篇です。
それにしても高詳細テレビではなく、
実際に虱サイズの
自分の肉眼で見たとき、
妻の肉体は美しく見えるのか、
それともテレビ同様
粗が目立つだけなのか?
芥川の想像は正しかったのか、
そうではなかったのか?
虱になって確かめたいと思います
(嘘です、いやです)。

(2020.1.15)

〔追記〕
中公文庫刊「女体についての八篇 晩菊」を
先日購入しました。
このアンソロジーにおいて、本作品は
作家視点を「蚤」に移しての
女体観察であり、
ストレートな表現の太宰「美少女」とは
本質的に異なります。
あとがきで選者の安野モヨコが
「むっつりすけべにもほどがある」と
記していますが、
なるほどと思いました。

(2022.2.11)

Roy ClarkeによるPixabayからの画像
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